シリアの騎士の城

アイシス
昔、十字軍が中東から猫を連れ帰ったとか、帰らなかったとか…

ジェリー
どっちやねん

 

 

 シリア西、地中海へと続く一本道を押さえた位置に、クラック・デ・シュヴァリエという城がある。歴史から奇跡的に残った十字軍の城だ。
 低い山の中腹でスパッと水平に上半分を切り落とし、その面に建てた城砦…と言った外観で、趣は質実剛健。最初にクルド人が城を築き、1099年、第1回十字軍がそこを奪い、以来、キリスト教徒とイスラム教徒とで交互奪還を繰り返してきたが、オスマントルコが興って以降はイスラム教徒のものになっていると言う。
 ここへ来たのはその年の4月末。時刻は正午頃。風は涼やかながら日差しの眩さは既に夏。自然の恵み豊かな土地で、至る所黄の花畑が広がり、小さな青い実をつけたイチジクの木がプンと独特の甘い匂いを放っていた。この日は祭日で、城壁の外まで来ると、よそいきの服にアクセサリーを付けた女の子たちが寄ってきて「撮って」と声を掛けてくる。おしゃれした姿を披露するのが嬉しいんだろうなあー。
 城の入場口から中へ。
騎乗のまま進めるよう造られた段差を極力抑えた石の道、馬200頭を収容出来た厩があり、緑色の濁水をいっぱいに湛えた堀が見える。地震で埋まった厩や掘もある。厨房、ワインやオリーブオイルの甕を埋めた穴の残る納屋、食堂には石のテーブルの残骸、トイレ・・・・と生活の跡が思いの外多々あって、ゴシック調のアーチ型天井は年月を経て風格を増していた。石の古びさえも美しい。ぶ厚い城壁の上から眺めれば、そこからは惚れ惚れするほど豊かな大地の緑を見晴るかすことが出来る。ガイドが石の隙間からぽしゃぽしゃと生えている草を千切ると、
「野生のウイキョウです」
と鼻にあてて匂いを嗅いでみせる。真似て匂いを嗅いでみると、すうっといい香りがした。なんだか腹の減る匂いだ。
 昼食は昔々の“王女の部屋”を改装したレストランにて。しかし店の人、曰く、
「今満席なので、外で何か飲みながら待っていて欲しい」
ここでビールを頼んだ人がいたのだが――洗剤並の大きなあぶくがボコボコに浮いた世にもマズそうな飲み物が出てきた。と言うか、実際「大変まずい」そうだ(後にこのビールがまずいことで有名と知る)。
 ようやく昼食にありついた時には午後2時をまわっていた。ビールはあれだが料理は良かった。野菜を使ったシンプルな料理がことのほか美味しく、炭火で炙ったナスにバジルを加えたペースト(ムタッバル)は芳しい焼きナス風。日本人好みの味だ。
 でもそれよりなにより鶏の炭火焼きの美味しさといったら!
 後にも先にもあんなうまいチキンは食べたことがない。身はしっとりとジューシーなのにホクホク感があり、ナイフを入れるとほわっと香ばしい湯気が立つ。調味料は塩のみ。コショウすら使ってないシンプルな炭火焼きが本当に本当にうまかった。
 去り際、世にも稀なビールと世にも絶品チキンを隠した中世の城砦を見上げつつ、またここに来たいなあー、まあ行こうと思えば行けるもんだ、どこへだって・・・・その時の自分はそんな風に考えていた。少しも疑うことなく。

 それから約10年後、クラック・デ・シュヴァリエは世界遺産に登録された。