『一汁一菜でよいという提案』土井 善晴


 自分たちで育てた野菜を食べ、自分たちでこさえた味噌と納豆を食べて育ったと母は言う。上京時、東京の水と米の不味さに辟易した母は決めた。とにかく米と味噌だけは上等なものを買おう、と。これさえ美味しければなんとかなる…と。

 

 その母が老いて自分でお湯も沸かせなくなり、いちごを食べて「この赤いの何?すごく美味しいね」と尋ねるようになった頃、私たちは母と暮らすことになった。いきおい調理には時間をかけられない。自身の夕飯も手早く済ませたかったので、キッチンに小椅子を置き、そこでご飯と味噌汁だけで済ませることも多かった。
 なんというタイミングか、この『一汁一菜でよいという提案』が出版されたのは、ちょうどそんな生活の真っ只中であった。享保の改革のようなタイトルは、何を作り、食べればいいのかと悩む自分をほっとさせた。簡単なものを丁寧に。そうか、それでいいんだ、と。土井氏曰く、
 “一汁一菜とは…「システム」であり、「思想」であり、「美学」であり、日本人としての「生き方」だと思います”
 “和食の背景には「自然」があり、西洋の食の背景には「人間の哲学」があります” 
この本は料理研究家ならではのものの見方、著者の育ちが伺える食を通しての「日本人思想・哲学」の書だった。
「米と味噌だけはいいものを使え」
私が一人暮らしを始めることになった時、母に言われた言葉である。