モロッコインゲンのトマト煮

 毎年夏になると、母の実家からみっちみちに野菜が詰め込まれた段ボールが届く。どれもこれも畑から収穫したての力ある新鮮野菜で、その中には必ずモロッコインゲンが含まれている。どう食べるのが一番美味しいかとあれこれ試した結果、今では全部トマト煮にすることにしている。
 刻んだトマト、玉ねぎ、にんにくに最小限の調味料を入れ、オリーブオイルで一時間ほどコトコトと煮込むだけ。出来立てよりも冷やした方がオイルがなじんでとろりと美味しく、いくらでも食べられてしまう。これとチーズ、美味しいパン、冷えたビールか白ワインがあれば夏の夕食は自分にはそれで十分。あとは面白い映画かドラマがあれば・・・・。

銀座でお茶を

 現在、あまりに様子が違ってしまったので、あれは本当に存在したのかなあー、自分の勘違いだったのかなあーとさえ思える店がある。銀座四丁目、三愛ビルに入っていたトワイニングのティーサロンのことだ。90年頃だろうか、有楽町で映画を観た帰りに見つけ、洒落た雰囲気に惹かれて一人ふらりと入ってみた。注文したのは紅茶だけだったと思う。


「お待たせしました」
運ばれてきたのは、ティーポット、ティーカップ&ソーサー、クリーマー、シュガーポット(全てウェッジウッドのワイルドストロベリーだ)、そしてティーストレーナー。たっぷりとした華やかな茶器がテーブルに並んだその眺めは、紅茶ひとつで十分に優雅であった。
 以来、何度もこの店へ行った。お茶よりもランチで訪れることの方が多かった。母を映画に誘って有楽町へ連れ出した際もアフタヌーン・ティーはここでと決めていた。あの、ケーキやサンドイッチを盛り付けたお皿が三段重ねになったやつで・・・・。が、いそいそと母を店へ案内して愕然とした。店がなくなっていたのだ。正確に言えば、クラシカルな風情あるティーサロンから、見知らぬモダンなカフェへと変わっていたのである。
 まあせっかく遥々ここまで来たことだしとそのカフェに入り、銀座の通りを見下ろしながら母と喋りまくった。その数日後、母からこの日が大変楽しかったことを述べるお礼の手紙が届いた。それは母が以前の母だった時にくれた最後の手紙となった。その手紙は今も私の机の抽斗にある。